留学とは、いまの場所を離れること。それだけで価値がある。

フィンランドに留学して想ったのは、なんだか、なにごとも意外とアッサリしているということ。

留学の土地に着いた時、帰国する時、新しい人々と出会う時、帰国前に会える最後の日。なんだか、予想よりも特別じゃないというか、全部が意外とアッサリしている気がする。「どーなるんだろう、どーなるんだろう」と予想していた時は、本当にどうなるかわからないから不安と期待がたくさん出てくる。しかし、いざその瞬間になってみると意外とすんなり“普通の日常”として受け入れられる。人間はきっとどんな変化にも対応できるのだろう。

どんなこともアッサリしているということは、きっと目標が達成できた時、夢が叶った時、住む場所が変わったとき、などのどんなこともその瞬間になるとアッサリしているのだと想う。

日本で「留学」というとすごく特別なことに思える。留学する前は僕自身もすごく特別なことだと思っていた。しかし、案外普通の日常が続いているだけである。そういう意味でそんなに特別視することではないのかもしれない。留学したければすればいいし、旅に出たければ旅に出ればいいのである。そんなに特別なことじゃない。
留学が特別なことではない、と書いておきながらも、
僕が一番言いたいことはそんなことではない。
一番言いたいことは、留学というのは無条件に素晴らしいということである。これは僕の実感として心の底から想うことだ。どんなに日本人と多くの時間つるんでいても、講義にあまり出なかったとしても、語学があまり上達しなかったとしても、友達ができなかったとしても、目標が達成できなかったとしても。なにがどうであっても、留学は素晴らしい。僕はそう想う。

理由はたくさんある。一つには、日本以外の国に住んでみることの重要性がある。日本という文化以外の場所で住むことは、論理だけではなく自分の感覚レベルで価値観の幅が広がる。誰しもいままで教わってきた常識というのが、日本だけの常識だったということに気がつくはずだ。さらに留学先の常識も知ることになる。それによって自分なりの常識を作ることができるようになる。他人に作られたルールではなく、自分なりのルールを選べる。

それになにより、生活しているだけで楽しいということもある。僕は単純に変化することが好きで、多くの気づきを得るのが楽しい。だから生活する場所を変えるだけでこんなにも日常を楽しめるんだ!と気付いた。

あとは、いままでの環境を離れる、ということ自体も大きな意味があると思う。「新たなところへ行く」ということもあるけど、やっぱり「いままでのところを離れる」こともいい経験になった。身近な人たちの大切さも実感したし、ありがたみも強く感じる。会えない環境に行くことで、会うことの意味もわかった。場所が離れても会いたくなる人、ということを意識したのも初めてだった。

留学して精神的に自立したとも想う。それは自分一人でも新たな土地でなんとかやっていけた、という自信から来るものなのかもしれない。まあ、言葉がわからなくても、野菜の買い方がわからなくても、バスの乗り方がわからなくても、結局はどうにかなる。多少のトラブルはあっても最終的にはなんとかできる。そんな感覚なのかもしれない。

自分自身ですべてを決めなくてはいけないからかもしれないが、自分自身について深く考えるようになった気もする。どんなことが好きで、どんなことがしたいのか。それらについてじっくり考えることが多かった。こういうことは僕にとっては、中学→高校→大学→就職、という次々と時間に迫られる一連の流れの中にいては難しかったかもしれない。

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この留学は僕にとってベストタイミングだったと思う。
本当にフィンランドに留学して良かった。